出版体験記

『風の詩』『街のクジラ』ご出版
中村 淳さん
息子のために書いた処女作「風の詩」が野性時代新人文学賞を受賞。
芥川賞候補作にもなる。
二十数年前、川崎市の病院で息子が生まれた。一人前の男に育てられるだろうか? これからの時代、少年が男として成長するのが困難な時代が来ると私は思っていた。男の子にエールを送る作品を書かなければ。大げさな表現を許してもらえるならば、私はそんな使命めいた思いを抱いたのだった。小説の経験のまったくない私は、カリフォルニアへの出張中に構想を練り、帰国後、一カ月半で処女作「風の詩」を一気に書きあげた。模型グライダーという自然と遊ぶ少年の世界。そして文化祭の演劇練習という学校の世界。この二つの世界を、ひとりの少女が一本の糸となって取り結んだ。そこに少年たちの友情と初恋という思春期のテーマが浮彫にされ、私の小説が誕生したのだった。この作品は野性時代新人文学賞を受賞し、芥川賞候補作にもなった。
新たな作品「風くらぶ」とともに出版するやいなや、
全国模試や県立高校の入試問題に次々と採用される。
しかし野性時代はすぐに休刊となり、私は活躍の場を失ってしまった。そんな頃、私は卯嶋さん(現・朱鳥社社主)に出会って意気投合した。朱鳥社がまだ産声を上げたばかりの頃だった。その後、高校生たちが模型飛行機のスピード記録に挑戦する「風くらぶ」で少年たちのチャレンジとライバルの試練を描いた。ラストシーンでは「危ないから」という先生の警告を退け、自分たちの冷静な判断で計画を実行し成功する。出版するやいなや、全国模試や県立高校の入試問題に次々と採用され、またある男子高校生からは、学校の管理からはみ出して行動する主人公は自分そのもので、感動を通り越して感激だとの手紙をいただき、レポート用紙にびっしりと彼の葛藤が鉛筆で綴られてあった。この二つの作品は一冊にして朱鳥社から世に送り出されている。
開高健文学賞の最終候補になった作品をもとに加筆、
新しく書きなおして生まれたのが『街のクジラ』。
これは私の持論だが、少年が一人前の男に成長するには、自然の中で思いっきり遊ぶ必要がある。昔は、大人の目がとどかない広い空地や池がどこにでもあった。模型飛行機や魚釣りはもちろん、カエルを生餌にしてザリガニを釣ったり、花をすり潰して色水を作った。大きな石を坂の頂上から転がしてぎりぎりでよけたり、友達を乗せた自転車で池に飛び込んだりした。そんなことで少年は自分の内に男を発見し、危機に対処できる本能を知り、生き物の命を理解し、成長していく。男という生き物は、そうやって原始の時代から永永と生きてきた。現代文明の発達で、男の精神が成長する場所としての自然、活躍の場としての自然がなくなってしまった。しかし、ちまちました町にあっても、男本来の潔さ、そして温かさを持ち得るのは、自然というものを全身で知っているからである。それを呼び覚ますからである。
若いサラリーマンが、今の管理社会のありように強い違和感をおぼえ、その不自然な社会とうまく組みすることができずに、試行錯誤しながら自分の内なる大自然を見いだしていく話を、ユーモアファンタジーふうに描いた。それが二冊目の『街のクジラ』だった。フライフィッシングやカヌーなどのアウトドアをモチーフにした。ある日、主人公は、地図にない不思議な川に迷い込む。その川でちょっとかわったふたりの登場人物に出会う。主人公の目には、彼等は社会になじめない落伍者に、最初のうちは映っている。しかし、彼等と自然の中で不思議な週末を過ごしていくうちに、主人公の内なる自然が目覚めていき、彼等に対する主人公の見方が意外な方へと劇的に変わっていく。
私は子供の頃、メアリーポピンズが大好きだったので、大人のためのポピンズを描きたいとずっと思っていた。ポピンズは風にのって現れ、魔法のような時間のなかで、人々に大切なことを気づかせて去っていく。私の作品では、変な釣り名人とおっちょこちょいの女性自然派写真家という一風変わった登場人物が、主人公にとってのメアリーポピンズである。タイトルの「街のクジラ」には、街という名の大海原をクジラのように悠々と生きる、という意味あいが込められてある。この作品は、開高健文学賞の最終候補になった作品をもとに加筆、新しく書きなおしたものである。
次なる作品は、サラリーマン生活に毒されて、
ひとりを颯爽と楽しめない年配男たちへの挑戦状。
そして、ライフワークは「思春期文学」
さて現在、私はふたつの作品を執筆中です。
ひとつは初めてのエッセイで、二週間かけて小さな車で北海道の自然を独り旅した話です。サラリーマン生活に毒されて、ひとりを颯爽と楽しめない年配男たちへの挑戦状でもあります。
もうひとつは、Uコン機と呼ばれた模型エンジン飛行機を軸にして、少年が男へと成長するために避けて通れない壁を描いています。この壁を越えることによって、本当の優しさとは何かを少年は知るのです。周囲の大人たちの理解の深さが、少年を救い成長させます。
私は、思春期文学というものをライフワークでやっていきたいと思っています。少年たちの成長をあたたかく見守る小説です。この作品も、早く本の形にしたいと願っています。
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書斎にて。正面の額装は二枚とも『街のクジラ』本文中の挿画(植垣歩子さん)。 |
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北アルプスの槍沢にて。 |


