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朱鳥社

出版体験記

早川 直希

幻に終わった某音楽雑誌の連載企画

 すでに本の「まえがき」にも書きましたように、本書は某音楽雑誌で実現しなかった幻の連載企画です。その中の、ショパンの即興曲に関する章(File18)だけは、私が音楽ライターとなるずっと以前に書かれたもので、もとはピアノの小サークルの会報に掲載した自作の唯一の音楽記事でした。そしてこれを編集部雑用アルバイト応募の履歴書に添えて送付したところ編集長の目に留まり、焼肉店に呼び出された私は一夜にしてライターとなったのでした。『名曲ミステリーゾーン』の企画構想はその頃にはまだありませんでしたが、私のライターとしての原点はすでに定まっていたわけです。
当時新創刊を控えたその雑誌は、編集長が炭火の如く熱く語るところによれば、かなり問題意識の高いものになるようで(特に、閉ざされた「現代音楽」の問題に意欲的だった)、私は上カルビをご馳走になりながら大いに賛同して、共にペンを執ることを決意しました。創刊号から編集部の要望したテーマに基づく短期連載を任され、それが終わる頃に私は「名曲ミステリーゾーン」の企画案をサンプル原稿とともに自信をもって編集長にプレゼンしました。が、なんだか反応の薄い編集長に「これは今書いている連載よりもずっと価値の高いものですよ」と主張すると、それに対する返事はこうでした。(ひややかに)「ライターの人は皆さんそう言いますよ」――。その後しばらく経って、ある事がきっかけでその編集長とは袂を分かつことになったのですが、彼の変節に対する私の失望は大きく、その根本原因にあったことは確かです。

それでも書きためつつ出版を模索、ついに刊行

 それ以後私は、公にはライターとして全く活動しておりません(仕事がないので)が、独り『名曲ミステリーゾーン』を書きためて(「コツコツと」と言うよりは、そのほとんどを一挙に書き上げた)、本書の20篇ほどが書き上がった頃に、出版社2社(音楽専門大手を含む)に原稿を送付して刊行の可能性を打診しましたが、ダメでした(大手は反応なし)。それから数年後、30篇全部を揃えて他の3社に直接持ち込むと、今度は3社ともOKの返事。その中で、当方負担の費用が一番割安で、しかも記事の内容を最も高く評価して頂いた朱鳥社さんにお願いすることにしました。
売り込み活動が何よりも嫌な私にとって、この程度の労力で出版にたどり着いたことは、幸運と言うべきかも知れません。しかも出来上がった本は私の意向が隅々にまで反映されたものです。
それにしても、音楽のプロでも解ってもらえないほど専門的な内容の原稿に目を通して、その独自性を見出して刊行を申し出てくれた卯嶋さん(現朱鳥社社主。音楽はピアノを少し習った程度で、クラシックには詳しくないという)の「“編集のプロ”の本の読み方」には感心するばかりです。
こうしてどうにか刊行にまでこぎつけました。この本は、かの編集長が見失って、今はなき某誌についに盛られることのなかった当初の理想を私なりに追求し続けた「反抗の叫び」であり、一方で「恩返し」でもあるのです。

刊行後の嬉しい反響が続篇執筆を後押し

 刊行後の反響としては、業界最大手の音楽誌2誌に短い書評が掲載されましたが、それよりも嬉しかったのは、インターネット上であの本を「面白い!」と称讃してくれる一般読者が複数いたことです(そのような人は周囲にはいません)。また、こちらから勝手に献本したピアニストの山本貴志さんから、とても心のこもった感想の手紙を頂いたことも、有り難い限りです。
そんな読者の方々に謹んで申し上げなければなりません。本書の、ドビュッシーの《映像》を扱ったFile12は、その成立に関する私の理解が完全に間違っておりました。錯誤の原因は、ドビュッシーが1903年に出版社デュランと取り交わした契約書(3つの《映像》の各曲の構想が、すでに具体的に示されている)のことを私が全く知らなかったためで、本書の第二版が出る時には章末にその旨掲載させて頂こうと思っていますが、今後増刷される保証もないので、今この場を借りてお詫び致しておきます。誤った憶測を記事にして申し訳ありませんでした。
数は少ないけれど力強い読者の声に後押しされて、現在『続・名曲ミステリーゾーン』を準備中です。全32篇の文の方はもうほとんど出来上がっているのですが、この企画につきものの譜例が全く出来ておりません。これは本書の出版に際して多量の譜例をすべていちどきに清書し直した(本書の楽譜は、裏表紙のものを除いて全部私の手書きです)その後遺症で、楽譜を書くことにすっかりうんざりしてしまったためで、ぽつぽつ作成して行こうと思っています。ただ、そちらの出版の話はまだありません。音楽の仕事のオファーがないのも相変わらずです。

喫茶店で執筆中の著者

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ただいまアルバイト中

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